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エルフの挑戦

YU-NOの開発はアダルトゲーム業界にひとつの話題を提供することになった。
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エルフが当時(1996年)、業界の最大手と言われていたのは『ドラゴンナイト』(1989年)や『同級生』(1992年)のヒットによるところが大きい。特に『同級生』はアダルトゲーム市場の基礎を築くのみならず、美少女ゲームブームの先駆けとなった『ときめきメモリアル」(1994年)に多大な影響を及ぼすなど顕著な功績が認められる。これらのタイトルを手掛けたのは、同社の代表取締役(当時)を務める蛭田昌人である。他方、シーズウェアに在籍していた菅野(当時のペンネームは剣乃ゆきひろ)も『DESIRE』(1994年)および『EVE burst error』(1995年)のヒットにより名声を高めていた。

1996年、菅野はエルフに移籍する。詳しい経緯は不明だが、PC-98時代のアダルトゲーム業界を代表する両者が一堂に会すことになったのである。蛭田はYU-NOの製作を菅野に一任した上で、今後自身の作るゲームと菅野の作るゲームが交互に発売されるとの見通しを示した(「電撃王」1997年1月号)。エルフの作品はそれまでもっぱら蛭田が手掛けていたから、これはある意味、美少女ゲームに限らずゲーム世界での衝撃的な事件だった。「電撃王」は、YU-NOの製作をエルフの「新たな挑戦」「転換期」と位置付けている。

ふたりは互いの力量を認め合う仲だった。

「良いゲームを創るために心血を注ぐ男」(蛭田が菅野(剣乃ゆきひろ)を評して。「電撃王」1997年1月号)

「強力なゲームデザイナー」(菅野が蛭田を評して。『YU-NO 完全ガイド』)

しかし両者はやがて袂(たもと)を分かつことになる。1997年、セガサターン版YU-NOの開発を終えた菅野が「理想の環境」を求めてエルフを退社、アーベルの設立に踏み切ったからである[1]。

蛭田と交互に作品を制作する予定だったにも拘らず退社したことから、菅野とエルフの確執が一部で噂された。真相は不明だが、少なくとも菅野は「転機」の項に記したエルフの環境を肯定的に捉え、「この環境がなければ『YU-NO』は生まれなかったでしょう」(「ファウスト」 2004 MAR Vol.2)と述べている。

総評
当初の構想が頓挫し失意に陥る菅野だが、1996年末に発売されたPC-98版『YU-NO』(アダルトゲーム)は高い評価を受けた。物語の背後に隠された壮大な世界観とA.D.M.Sの斬新さがAVGファンの心を掴んだのである。他方、異世界編が一般的なAVGとなんら変わらない内容になっていることを理由に『YU-NO』を低く評価する者もいる。「月刊デジタルメディアインサイダー」の集計によれば販売数は4万5000本ほどであり、1996年のアダルトゲーム市場において『鬼畜王ランス』(アリスソフト制作)に次ぐヒット作となった。もっとも、エルフが行っていた通信販売は集計の対象外であるから実際の販売数は上記の数字よりも多いはずである。

PC-98版の成功を受け、1997年末にはセガサターン(SS)への移植も行われた。電撃プレイステーション集計によると累計で23万980本という堂々たる数字を残した(「週刊ファミ通」の集計によるとSS版の販売数は14万本と記載されるが、集計期間の差かもしれない)。1997年に発売されたコンシューマーゲームの中ではかなりの上位であり、健闘と言えよう。

『YU-NO』が好評を博したことは上記の事実から明白だが、現在のエルフは『YU-NO』(もしくは菅野)の存在を快く思っていないのか移植やリメイクには消極的である(詳しくは菅野ひろゆきの「菅野とエルフ」を参照)。『YU-NO』のリメイクを望む声は、今もファンの間で根強い。

『YU-NO』はA.D.M.Sの採用によりAVGの新たな可能性を市場に提示したがA.D.M.Sと『YU-NO』の世界観は表裏一体の関係にあるため、A.D.M.Sだけを切り取って他のAVGに転用することは困難である。単純なマルチシナリオがAVGの主流となっている現状とあいまって、A.D.M.Sをさらに発展させようという動きはいまだゲーム業界に見られない。

ポストモダンとの関連
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哲学的な見地からYU-NOを高く評価する向きもある。批評家の東浩紀はいわゆるオタク文化とポストモダンの関係を論じた『動物化するポストモダン』の中で『YU-NO』を取り上げ、詳細な分析を加えている。ポストモダンとは「近代(モダン)に次(ポスト)に現れる世界」のことだが、同書は簡便のため「1970年代以降の世界」と規定している。YU-NOを初めとするオタク文化にはポストモダンの本質がよく現れているとする東の論を、以下に概観する。

シミュラークルとデータベース
フランスの思想家・ボードリヤールは、ポストモダンの出現によりシミュラークル(オリジナルを持たない模造品)が社会に蔓延すると考えた。アマチュアのみならずプロの作家までもがコミックマーケットやインターネットで二次創作を盛んに発表し、オリジナルと模造品の区別を消滅させている昨今の状況は、シミュラークルの蔓延に他ならない。

また、リオタールはポストモダンの特徴を「大きな物語の凋落」に求めた。大きな物語、すなわち国家の運営に必要な思想、道徳、価値観は近代の終焉と共に役割を終え、我々は依拠すべきものを失うのだという。オタク文化の愛好者が閉鎖的な共同体に閉じこもるのは大きな物語に代わる新たな価値観、規範を求めてのことだった。

近代の世界観は、社会の深層に存在する大きな物語によって規定されていた。これを投射モデルと呼ぶ。対し、ポストモダンの世界はデータベース・モデルによって捉えられる。深層に広がるのは今やデータベース(情報の集合)のみであり、我々の眼に映る表層的な世界(シミュラークル)はデータベースの情報を様々に解釈することで形成される。近代の世界観は一通りしか存在しないが、ポストモダンの世界観は思想や価値観の数だけ存在することになる。各作品の設定(データベース)を元に二次創作(シミュラークル)が次々と作られてゆくオタク文化の現状は、ポストモダンの特徴をよく反映していると言えよう。

解離的な共存
データベース・モデルは作品の内部にも存在する。たとえば、アドベンチャーゲームの物語は複数の素材(テキスト、画像、音楽)を組み合わせることで作られるが素材の集合を作品のデータベースと見なすならば、遊び手の眼前に提示される物語はシミュラークルとなる。ポストモダンの体現者たるオタクは、シミュラークルとデータベースを同時に消費することを欲する。データベースの消費とはゲームのファイルから素材を取り出し、作品の成り立ちを明らかにすることである。素材は大抵の場合、暗号化されているが高度な知識を持った有志によって公開されるソフト(Susieなど)を用いれば、汎用的な形式(画像ならbitmapやJPEG)に変換することが可能になる。暗号の解析は言うまでもなく手間を要する作業である。彼らがそれでも解析に挑むのは、データベースの消費を強く志向しているからである。シミュラークルへの欲求とデータベースへの欲求が互いに切り離された状態で共存することを、「解離的な共存」と呼ぶ。

ポストモダンの自覚
マルチシナリオの構造もデータベースの一部である。ゆえに、分岐チャートを作成し物語の成り立ちを解明することはデータベースの消費と等価である。これに対し『YU-NO』はA.D.M.Sを採用することで、従来は秘匿されていた分岐チャートを見えるものにした。遊び手がデータベースに対して抱く欲求は作品の内部で満たされることになる。ポストモダンの特徴(シミュラークルの消費とデータベースの消費)を自覚することから生まれたYU-NOを、東は「きわめて重要な作品」と評する。

超平面性とポストモダンの寓話
あるシミュラークルと他のシミュラークルの関係は、「超平面的」という言葉で捉えられる。データベースを様々に解釈することで無数に生産されるシミュラークルは、互いに等価である。ゲームの場合、二進数の列(データベース)がプログラム(シミュラークル)を規定しプログラムがテキストや画像(他のシミュラークル)を描き出すのだから、必ずしも等価とは言えないが両者の実体はいずれも二進数である。プログラムをエディタで開けば、ゲームの画面とプログラムを同一のディスプレイに並べることが可能になる。異なる階層のものが同じ平面に並ぶという意味で、これを「超平面的な世界」と呼ぶ。世界が無数に並列する『YU-NO』の物語は、ポストモダンの特徴である「超平面的な感覚」を元に作られたのである。

「超平面的な世界」を生きる『YU-NO』の主人公は、他の世界に移動するたびに記憶を失う。ある種の矛盾を含んだ設定だが、東によれば記憶の断片化は解離性同一性障害(俗に言う多重人格)の流行を反映しているという。従来は全く認知されていなかった解離性同一性障害の報告例が1970年代(ポストモダンの始まり)に入って急増したことから、この疾患を「文化的な運動」と解釈する向きもある。東は患者に内在する複数の人格が記憶を「部分的に」共有している事実に着目し、『YU-NO』との関連を論じる。

『YU-NO』の主人公はなんの前触れもなく失踪した父を探し出すため、ある装置を使って無数に並列する現代を渡り歩く。彼の記憶は世界を移動するたびに失われるが、行動は連続している(つまり正確には、記憶を「部分的に」失っている)。父との再会に必要な「宝玉」と呼ばれるアイテムをすべて集めることに成功すると並列世界の旅は終わり、物語の舞台は古代の西洋を連想させる異世界に移る。父の失踪を「大きな物語の凋落」(ポストモダンの始まり)に見立てるなら並列世界の旅は人格の分裂、「宝玉」の収集は人格の統合に相当する。大きな物語が日本から失われた結果、我々は虚構の世界に依拠して生きることを余儀なくされているが、『YU-NO』の主人公も大きな物語(父)を捜し求める旅路の果てに架空の世界(異世界)にたどり着く。『YU-NO』の物語は、言うなればポストモダンの寓話なのだった。

シミュラークルへの欲求とデータベースへの欲求を同時に満たすシステムを作り上げ、シナリオの面では「大きな物語の凋落」や解離性同一性障害を描いた『YU-NO』を東は「きわめて周到な作品」と評し、さらには『YU-NO』に代表されるオタク向けだが優れた作品を自由に批評し合える時代を作るために「本書は書かれている」と述べ筆を置く。

PC-98版の評価
前評判
菅野(当時のペンネームは剣乃ゆきひろ)がデザインを手掛けた『YU-NO』の広告は、アダルトゲームの話題を扱う各誌に波紋を広げた。本編のメインヒロインであるユーノが広大な宇宙を背景に眠る姿は非常に印象的であり、製作の発表に先立って掲載されたにも関わらず読者の注目を一身に集めたのだ。また、『DESIRE』や『EVE burst error』のヒットで知られる剣乃が業界の最大手エルフの資本を背景に送り出す作品ということもあって、各誌は『YU-NO』を大々的に取り上げた。

「あまりにも暗示的な広告でファンの注目を一気に集めているのが、このYU-NOだ」(「電撃王」 1996年11月号)
「エルフが今秋に放つ、期待の新作がついに姿を現す」(「コンプティーク」 1996年11月号)
「長めのタイトル、インパクトの強いイメージ広告、エルフというブランドの相乗効果で前評判が高い新作」(「E-Login」 1996年12月号)
本作の目玉であるA.D.M.Sにも注目はもちろん集まり、「アドベンチャーゲームの常識を覆す」「画期的」システムと評される。「電撃王」1997年1月号では「年末年始に発売されるベストゲームはこれだ」と称して、『YU-NO』の名を巻頭に挙げている。また同誌が読者アンケートを元に作成した「読者の欲しいソフト」ランキングでは、1997年2月号・3月号で1位を獲得している。

売り上げ
デジタルメディアインサイダーの集計によると、1997年11月30日までに4万5844本(CD版-3万0553本/3.5FD版-1万5291本)のセールスを記録している。同誌の1997年の年間ランキングでは、CD版が14位となっている(ちなみに1位は『SHOCK PRICE 500 麻雀』で7万7102本、アダルトゲーム最多は3位の『鬼畜王ランス』で7万2572本となっている)。

もっとも、エルフが行っていた通信販売は集計の対象外であるから実際の売り上げを反映しているとは考えにくい。事実、「コンプティーク」1997年3月号では『YU-NO』を紹介する際、「早くも10万本の大台へ手が届くと噂されている超話題作」と述べている。各店舗の売り上げに通販の売り上げを加えると、10万本に近い数値になるのだろう。

ユーザーの評価
この作品は、売り上げばかりではなくその内容にも高い評価が与えられた。

例えば、「電撃王」の「第2回 電撃王ゲームソフト大賞」(1997年5月号)では読者投票の平均点が最も高い作品に与えられるヒートアップ賞を受賞しており、「E-Login」の「ゲーム & ヒロイン of the year 1996」(1997年6月号)のゲーム部門で9位(1位は『同窓会』)、「コンプティーク」の「第1回コンプティーク・ソフト大賞」(1998年2月号)で5位(1位は『To Heart』)を記録するなどファンから高評価を得ている。

セガサターン版の評価
前評判
PC-98版の移植が決まると、コンシューマーゲームを扱う各誌はこれを大々的に報じた。

「壮大なストーリー、独特の世界観、斬新なシステムが多大な評価を得た『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』がついに移植決定」(「セガサターンマガジン」 VOL.22、1997年6月20日発売)

「昨年末、パソコンユーザーの間に鮮烈な感動を巻き起こした作品『この世の果てで恋を歌う少女YU-NO』 この話題作をどこよりも早く大紹介」(「電撃セガサターン」 VOL.1、1997年6月20日発売)

「パソコンで発売され、練り込まれたシナリオや美しいグラフィックなどでヒットした『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』のサターン版の情報をいよいよ公開」(「ファミ通」 No.454、1997年8月8日発売)

「セガサターンマガジン」は『YU-NO』の初報に誌面を4ページ割いた。「電撃セガサターン」にいたっては、創刊号の巻頭を6ページも割いている。移植の決定がこれだけ大きな反響を呼んだのは家庭用ゲーム機のユーザーから見てもA.D.M.Sが斬新だったこと、および以下に述べる事情による。

時勢
当時は美少女ゲームの全盛期だった。1995年に発売されたプレイステーション(PS)版『ときめきメモリアル』(コナミ)のヒットにより、従来は決して目立たない存在だった美少女ゲームに注目が集まり、類似の作品が多く作られた。1996年から1998年にかけては20万本を超えるセールスもめずらしくなかったが美少女ゲーム市場はやがて縮小に向かうため、この時期の好況をバブルと表現することがある。『YU-NO』の移植が発表されたのは1997年6月、バブルの真っ只中である。
エルフ
発売元がエルフだったことも大きい。『同級生』のヒットによりアダルトゲーム市場の最大手に成長した同社は、『野々村病院の人々』や『下級生』を引っさげてセガサターン市場に参入。『野々村病院の人々』(1996年11月29日発売)は32万7310本、『下級生』(1997年4月25日発売)は25万3495本のセールスを記録した。10万本にも達しないソフトが無数に存在することを考えると、大成功と言えよう。ゆえに、次の作品(『YU-NO』)も自然と世間の関心を集めることになる。
菅野(当時のペンネームは剣乃ゆきひろ)
移植の発表に先立つ1997年1月24日、『EVE burst error』のSS版が発売される。同作のオリジナルは、菅野がシーズウェアに在籍していた時に手がけたPC-98版(1995年11月22日発売)である。PC-98版のシナリオとシステムを忠実に再現したSS版は、「セガサターンマガジン」の読者レース(詳細は後述)で一位を獲得するなど、非常に高い評価を得た。菅野がエルフに移籍したのは1996年のことだから移植にはもちろん関与していないが、SS版EVEの成功を機に彼の名はコンシューマーゲーム市場にも轟くことになる。『YU-NO』の移植を歓迎する動きの背景には、菅野への期待が多分に存在したのである。
これらの事情から、『YU-NO』に対するユーザーの期待は日増しに膨らんだ。各誌がアンケート葉書をもとに作成する「期待の新作TOP30」(ファミ通、セガサターンマガジン)、「前評判TOP15」(電撃セガサターン)を見ると、毎号上位に食い込んでいることがわかる。「セガサターンマガジン」と「電撃セガサターン」はセガサターンのソフトのみを扱うため、総合誌の「ファミ通」よりも順位が高くなる傾向にある。

最後に、発売の直前に掲載された各誌のレビュー(批評)を紹介する。「ファミ通」と「セガサターンマガジン」の場合は、編集者が10点満点で各作品を採点する。他方、電撃セガサターンは批評のみとなっている。YU-NOのレビューを読み比べると、「セガサターンマガジン」と電撃セガサターンが高い評価を下していることに気付く。理由を以下に述べる。

プレイステーションやNINTENDO64と違いセガサターンは性的な描写の規制が緩いことから、アダルトゲームが数多く移植された。代表的な例が先述の『野々村病院の人々』と『下級生』である。両者のセールスはいずれも20万本を超えている。美少女ゲームは、まぎれもなくセガサターンの柱のひとつだった。よって、同機を専門に扱う両誌は美少女ゲームの愛好家を多く抱えていた。レビューは彼らと同じ価値観、感性のもとに行われることになる。

他方、「ファミ通」はプレイステーション、セガサターン、NINTENDO64の情報を均等に取り上げるため読者の嗜好に偏りがない。性的な描写を露骨に含む作品を高く評価することはためらわれたのである。

ファミ通 No.469(1997年11月28日発売)
計27点を獲得。内訳は、サワディ・ノダ(8点)、水ピン(7点)、イザベラ永野(7点)、ローリング内沢(5点)。「一筋縄ではいかない複雑なシナリオ」(サワディ・ノダ)「過去に戻って違う道を選択し、いろいろな話を体験する。それがおもしろい」(水ピン)
セガサターンマガジン vol.43(1997年11月28日発売)
計27点を獲得。内訳は、加島(9点)、明石家サンマン(9点)、かなめ(9点)。「遊ぶ楽しみと読む楽しみが融合した秀逸作」(明石家サンマン)「自分が18歳以上でよかったと、本気で思える作品」(かなめ)
電撃セガサターン vol.11(1997年11月28日発売)
採点はなし。「精巧かつ緻密に構成された感動的なシナリオ」(田中S)「極上のAVG(アドベンチャーゲーム)」(シルキー麻里菜)
シナリオとシステムが高い評価を得ていることがわかる。魅力的なヒロインを描くことのみに重点を置き、ゲーム性をおろそかにしがちな美少女ゲームは時に「紙芝居」「デジタルコミック」と揶揄されるが、YU-NOは一般のゲームと比較しても遜色のない完成度を持っていると判断されたのである。

もっとも、担当者が最後までプレイしたという保障がないため、彼らの批評を全面的に信頼するわけにはいかない。

売り上げ
各誌の集計を以下に示す。集計の方法や期間が雑誌によって異なるため、数値にばらつきが生じている。しかし、実際にはそれほど差がないと見られる。『下級生』を例にとって説明する。SS版『下級生』のセールスは「ファミ通」によると25万3495本、「セガサターンマガジン」によると27万8042本である。従って、『YU-NO』の売り上げは「ファミ通」の集計においても20万本を越えていると考えて差しつかえないはずである。1997年のコンシューマーゲーム市場で20万本を超えるセールスを記録したソフトは59本しかないから、健闘と言える

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2009年02月11日 14:44に投稿されたエントリーのページです。

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